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松山地方裁判所 昭和48年(ワ)363号 判決 1976年3月29日

原告 東野五郎

右訴訟代理人弁護士 三好泰祐

被告 学校法人松山学院

右代表者理事長 宮内一幹

右訴訟代理人弁護士 黒田耕一

主文

1  原告が被告の職員であることを確認する。

2  被告は原告に対し、昭和四八年九月以降本件判決確定に至るまで、毎月二〇日限り一ヶ月金六万二一〇〇円あてを支払い、毎年六月末日限り金一〇万五五七〇円あてを支払い、毎年一二月末日限り金一三万六六二〇円あてを支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決第2項は、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一  争いがない事実

被告が主張のとおりの学校法人であること・原告が昭和四三年四月以降被告に雇傭され、その設置する○○高校に保健体育の教諭として勤務していたこと・原告が昭和四八年六月八日の午後の授業中に一年生甲野一郎を殴打し、鼻部打撲の傷害を負わせたこと、及び被告が同年八月一八日付で原告に対し、右行為を理由として、同年八月末日限りで懲戒解雇する旨の意思表示をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  解雇権の濫用

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の各事実が認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。

1  原告は、昭和四八年六月八日午後一時二〇分から始まる授業において、運動場で、他二、三名の教師とともに、一年生全員に対し、集団訓練を指導していたところ、生徒の甲野一郎が教師の「気をつけ」や「散開」「集合」の号令に素直に従わず、終始だらだらとした態度をとって、全体の規律を乱すので、その場で何回か注意を与えたが、同人がこれを聞き入れないばかりか、かえって反抗的な態度さえとるので、他の生徒の訓練の邪魔にならないよう個人的に注意を与えようとし、同人を運動場に隣接する体育教官室に同行した。

2  右教官室において、原告は、甲野一郎に対し、数分間注意を与え、その言い分も聞こうとしたが、同人はかたくなに沈黙を守るばかりでなく、逆に反撥的な素振りさえ見せるに至り、原告は、右態度にいらだち、思わず左手拳でその顔面の右頬部と鼻部付近を一回殴りつけてしまった。

3  甲野一郎は、これによってその場に尻もちをつくような格好で座り込み、鼻血を出すに至ったので、原告は、急拠同人をそこのベットに座らせ、タオルを濡してその鼻を冷すなどの応急措置をとり、また、三年生に在校中の同人の兄太郎に連絡をとり、右事情を説明するなどした後、他の教師に頼んで甲野一郎をA病院に連れて行ってもらい、その診察を受けさせるなどし、自らもその後、同人をB耳鼻咽喉科病院に同行して、その診察を受けさせた。

4  甲野一郎の右傷害の程度は、鼻部付近がふくれ上り、これによって顔に変形をきたしたが、約一〇日間ほどで右ふくれもとれ、治癒した。

5  右事件の後、原告は、同校校長(被告理事)乙山竹夫から自宅待機を命ぜられ、さらに退職願を提出するよう求められたが、右進退については同校職員組合に一任した。その間、原告は、甲野一郎の両親にも会って謝罪したが、その許しを得ることができなかった。また、右職員組合は、その後、教頭以下大部分の同僚の署名を集めて、右退職勧告撤回の請願書を校長に提出し、原告が在職できるよう運動し、同校理事などにも働きかけた。そして同年六月二八日に同校理事も出席したPTA役員会が開かれ、原告と甲野一郎との和解が成立すれば、原告が在職できる道を開こうとの意見が大勢を占め、校長も右意見に賛成した。しかし、その翌日行なわれた原告と甲野一郎との話し合いで、甲野一郎の宥恕が得られず、ついに和解が成立しなかった。そこで、同校理事会は同年七月二七日、原告の依願退職願が出されない以上、懲戒解雇もやむなしと決議し、その後の手続を経て、同年八月一八日、原告に対し、本件懲戒解雇の通告をなすに至った。

(二)  ≪証拠省略≫によると、被告の就業規則第五五条には「職務上の義務に違反し又は教育者としてふさわしくない非行があった者には制裁を行う」と規定されており、右規定がいわゆる懲戒事由を定めたものであることは明らかである。さらに、右乙第一二号証の就業規則第五六条によれば、懲戒の種類は、一、譴責、二、減給、三、解雇の三段階が定められていることが認められる。ところで、右の懲戒処分中懲戒解雇は、被用者をその非違行為を理由として職場外に排除する最も重い制裁であり、特に原告のような教職の者にとっては、これによって、事実上、教師としての再就職の道を断たれかねない結果を招来するものであることに鑑みると、原告の本件非違行為に対して、被告が懲戒権を発動するにあたっても、その処分の選択につき裁量の幅があるとはいえ、懲戒解雇は、それ以下の軽い処分を付する余地を認めがたい場合に限って許されるものと解するのが相当である。

(三)  叙上の観点に立って、原告の情状について検討する。

原告の前記殴打行為は、たとえ甲野一郎の授業中の態度が著しく不真面目でこれを厳しく戒める必要があったにせよ、学校教育法の体罰禁止規定を持ち出すまでもなく、教育の手段、方法として許容される範囲を逸脱した違法行為であることが明白であり、これによって生徒の顔面に治癒まで約一〇日間を要する打撲傷を負わせたのであるから、その情状は相当に重大であるといわなければならない。

しかしながら、他方、前記認定のとおり、原告の右行為は、私怨にもとづく私行上の非行等とは全く性質を異にし、あくまで教育遂行の過程において、集団行動訓練中に一生徒の再三の不真面目な態度を原告が是正させようとしたのに容易に果せないあせりが立腹を誘い、短慮にも殴打してしまったものであり、その態様をみても、きき手ではない左手を用いて殴っている点で腹立ちまぎれとは言え、幾分かの謙抑がみられること・事後処置も比較的適確にとっていること・傷害の程度において結果的に鼻部のふくらみが大きく治癒に約一〇日を要したが、何らの後遺症も残らなかったこと・原告は右行為の後、甲野一郎やその両親に謝罪し反省のみられること、以上の事情が認められるのであって、これらの点からみると、本件非違行為は、情状酌量すべき面が少くないものと認められ、彼我総合すると、被告が原告を他のより軽い種類の懲戒処分に付するは格別、最も重い懲戒解雇に付して、反省や再起の機会を奪い去り、かつ将来においても事実上原告から教師としての再就職の道さえ閉す結果をも忍受させるのは苛酷に過ぎる処分であり、不当であると認めるのが相当である。

なお、≪証拠省略≫によると、原告は、かって昭和四七年一〇月ころにも二年生乙村二郎の授業中の態度をとがめた際、同人を一回殴打し、口内を二針縫う傷害を負わせた前歴を有することが認められるところ、今回の行為は、二回目として情状がやや重いとの面は否めないが、前回については、右証拠によると、その生徒と両親は、非違は自己の側にあるとして原告をとがめず、原告は、校長からの注意を受けたにとどまり、懲戒処分は全く受けていないことが認められるので、二回目である点を考慮に入れても、なお懲戒解雇の選択は苛酷すぎるというべきである。

また、≪証拠省略≫によると、○○高校は、キリスト教精神にのっとり、「人間尊重」「人格中心」「社会人への成長」の三点を建学精神とし、これにもとづいて教育方針を立て、実践しようとしている学校であること・校長は生徒や教職員に対し暴力沙汰をおこさないよう日頃から強く説得していたことが認められるが、前記認定のとおり、被告の就業規則に三段階の処分が定められ、原告の行為になお情状減軽の余地が認められる以上、右建学精神等の存在が、右の総合評価に優位し、懲戒処分の選択を決定づけるものとは認められず、右建学精神等の存在を右選択にあたっての一つの事情として考慮しても、いまだ前記判断を左右するとまでは認められない。

(四)  さらに付言すれば、≪証拠省略≫によると、原告に対し、懲戒解雇処分をなした背景には、甲野一郎やその両親が原告の行為を宥恕せず、その退職を強く求め、また生徒の中にも退職を求める声が強く、原告を在職させておくことが学校運営上相当な困難をきたす事情にあったことがうかがえ、このことが本件処分の主要な動機となっているとさえ推測するに難くない。しかしながら、懲戒処分をなすにあたって、どの処分を選択するかについて、第一義的に考慮すべき点は、非違行為それ自体の質と量の評価であって、その行為後に、第三者の介入によって派生した事情は、情状の一つとして全く無視はできないにせよ、これに余りに重きをおくことは、本件でいえば、被害者(甲野一郎)やその両親及び生徒らが宥恕するかどうかという、非違行為ないし原告の手から離れた事情によって、処分の軽重が分れることとなって不都合というべきである。

(本件において、原告を退職させるのでなければ、甲野一郎やその両親、生徒らを納得させる道がなかったとまで言えるかどうか、また学校側が右納得のためにどれだけの努力をしたかについては、また別途に検討しなければならない点ではあるが、仮に、原告を退職させるのでなければ、右納得が得られず、ひいては今後の学校運営上著しい支障をきたす事態であったとしても、右の理由によって原告の身分を奪うというのであれば、懲戒権の発動によることは許されず、就業規則第三七条二号の「やむを得ない校務上の都合によるとき」に該当するものとして、任意解雇によるべきものである。被告は、原告に対し、生徒や父兄会の宥恕が得られない事態下でも、教師としての原告の将来を配慮して、依願退職を勧告したのであるから、この点からみても、本件懲戒解雇は失当といわざるをえない。)

(五)  以上のとおりであって、結局、本件懲戒解雇は、情状の判定を誤り、ひいては就業規則の適用を誤った無効の解雇というほかはない。従って、原告は、現在なお被告の職員たる地位を保有しているものというべきである。

三  賃金請求権

そうすると、請求原因(二)の事実は当事者間に争いがないので、被告は原告に対し、昭和四八年九月以降本件判決確定に至るまで、毎月二〇日限り一ヶ月金六万二一〇〇円の割合による給与を支払い、毎年六月末日限り金一〇万五五七〇円あての夏季賞与を支払い、さらに毎年一二月末日限り金一三万六六二〇円あての年末賞与を支払うべき義務がある。

四  結語

よって、原告の請求はすべて理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民訴法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水地厳 裁判官 滝口功 伊東武是)

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